無理に群れない勇気と自分の価値観が人間関係のストレスを減らす

生活が多少不便でも心の満足度は下がらない

『海外に移住してる人って実際幸せなの?』

そんな疑問をもつ人もおられるかもしれません。

もし、その質問にお答えするなら、

『幸せというか、そこそこ満足してます』

以前も書いてますが、現在の生活環境は人がうらやむようなものではありません。

むしろ、その逆で、例をあげれば以下のような感じ。

・平日は隣家の大型犬が延々吠えまくり、休日は別の家で男どもが飲んで騒ぐ

・近所の治安があまりよろしくなく、警察官の聞き込み訪問がある

・家の外壁が薄っぺらで冬が猛烈に寒く、シャワーもぬるくて体が震える

・美味しいキムチを見つけても田舎なので入荷頻度が少なく常に在庫不足

『じゃぁ、なんでそこそこ満足してるの?』

生活環境は良いに越したことはないのですが、それが満足度を高める決め手にはなりません。

『それなら、何が満足度を上げるわけ?』

ストレスになる人間関係があまりないことです。

ストレスで不眠症になった知り合い

人材紹介サービスのマンパワーの調べによると、仕事場で最もストレスを感じるのは上司との関係が男女ともに高いそうです。

(出所 マンパワー)

また、男女差はありますが、部下や同僚との人間関係もストレスの原因になっています。

会社では、仕事以上に人間関係のストレスで悩む人が多いことは実感として理解できます。

では、プライペートの人間関係はどうでしょうか。

ある趣味の学校に通う、知り合いのAさん。

そこに、たまたま同じクラスになったBさんがいました。

Bさんは他人と比較して、自分の存在が上であることを確かめたいタイプです。

リア充アピールでマウンティングをかけてくるBさん。

Aさんは、それが徐々にストレスと感じるようになりました。

次第にイライラするようになり、今は夜もよく眠れなくなってしまったとのこと。

会社でもプライベートでも何かに属すると、嫌いなタイプと出くわしてしまうことはよくあることです。

「普通」という意味のない基準で判断される

日本で勤めていた会社ではずっと平社員でした。

ですので、上司や先輩社員から圧力をかけられるのは日常茶飯事。

得意先との関係では、零細企業 VS 上場企業となるので、もっとあからさまです。

土日や夜も関係なく鳴る顧客からの電話。

下請けいじめ的な言動は、やられる方にとって心臓によくありません。

プライベートでは子供がいないことで、実家に帰るたび、姉妹や近所の人から『可哀想な夫婦扱い』をされます。

住宅ローンを借りるときは、僕より10歳以上若いであろう地銀の行員から、

『年齢の割に給料が少ないんだから、もっとしっかりしなさいよ』

的なことも暗に言われました。

日本では、

・会社でのポジション

・社会的な属性

・家族構成

・経済力 etc

ありとあらゆる角度から『普通の基準』と比較して下と見られ、常に攻撃を受けてきました。

枠から外れると変人あつかい

日本は『普通であること』にこだわる人が多い国です。

学校を卒業して働き出すとなぜか『社会人』と呼ばれ出します。

それが僕には不思議でなりません。

なぜなら、

『学生もリタイヤした人も社会の中で生きてる社会人のはずだから』

なのにわざわざ社会人という『枠』を作る。

その枠からはみ出さない(普通である)ように心理的圧力をかけるために思えてなりません。

普通という枠からはみ出しながら生きてきたことで、周囲からは変人扱いをされてきました。

父親はもっとわかりやすく

『お前は変人だ』

と言い切ります。

なので友達もあまりいません。

『それだと孤独だし、寂しくないの?』

たしかに孤独なのかもしれません。

ただ、寂しくて仕方がないとは感じたことはそれほどないんです。

子供の頃から始まっている見えない圧力

会社でも学校でも人は何かに属していれば安心感を得られます。

しかし、人が集まるところでは人間関係の問題もセットでついてくるのが一般的。

その中で、最もたちが悪いのが『いじめ』です。

いじめの標的にされるのはどんなタイプでしょうか。

たいていの場合、『普通と違う点がある人』です。

俳優の松坂桃李さんは子供の頃、

『桃李』

という名前が普通じゃなかっただけでいじめられていたそうです。

『普通と違うこと』を極端に嫌い、無理やり『普通枠』に入れようとする行動は、社会人にならなくても子供の頃からすでに始まっているのです。

価値観を共有できる人が近くにいなくてもいい

今は自営業となったので会社には属していません。

海外には日本人コミュニティというものがありますが、それにも参加していないので、日本人の知り合いも数えるほどです。

現地のコミュニティに溶け込んでいるかといえば全然なので、特に何にも属していないような気がします。

それでも寂しさをあまり感じないのは、2つの理由があります。

①嫌いな人と一緒にいるくらいなら一人でいた方がマシ

②自分と似た価値観を持った人が少なからずいると確認できる

『①はわかるけど、②の似た価値観の人って周りにいない場合もあるよね』

たしかに似た価値観の人が自分の周りにいるとは限りません。

僕の場合は友達や知り合いが少ないのでなおさらです。

しかし、僕のような『普通からずれた価値観』を持つ個人は世の中にたくさんいます。

・会社に属さず個人で稼ぐ

・労働収入だけに頼らず投資からも収入を得る

・日本を飛び出し海外で暮らす

・誰かが作った価値観を疑って自分の価値観を大切にする

・つながりたい相手を選ぶ基準は考え方

彼らが発信する情報(ブログ・SNS・Youtube等)はいつでもどこでもチェックできるので、必ずしも自分の周りにいる必要はありません。

また、直接の知り合いではなくても、

『自分には似た考えの仲間がたくさんいる』

そう思えるから孤独による寂しさを感じないのかもしれません。

まとめ

海外に移住してから、ただでさえ少なかった友達や知り合いはさらに減りました。

しかし、不思議と孤独による寂しさを感じません。

日本では、普通であることに重きが置かれ、その枠に収まっていないと仲間外れにされることが多々あります。

そうした経験をしたことで、無理やり『何か』に属していたいとは思わなくなりました。

しかし、日本人が考える『普通とは違う考え方や価値観』を持った人はたくさんいて、そういう人たちに仲間意識を感じます。

たとえ、近くにいなくても仲間と思える人たちとはネットを通じてつながれる時代です。

精神的につらいと感じる人間関係は人生に良い影響をもたらすことはありません。

自分の考え方や価値観を大事にして、それを共有できる人と関係を築く方が、より満足のいく人生になるのではないか。

そう考えると無理に群れなくてもいいですし、楽に生きられるような気がします。

群れない生き方 (桜井章一著)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする